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閉店銭湯|玉の湯|長野県阿智村|湯活レポート(銭湯編)番外編

achilabo.com

【所在地】長野県下伊那郡阿智村駒場1085

旧銭湯屋 玉の湯 - Google マップ

【訪問日】2025/8/2
【閉店日】1970年(詳細月日不明)

 

この日は南信州湯巡り紀行の途上で閉店銭湯「玉の湯」の見学へ行って参りました。
コチラは湯巡りの同士O氏のアレンジで、阿智村自治区のガイド付きの案内。

元々、長野県下伊那郡阿智村は、江戸時代より信濃と三河を繋ぐ交通の要衝で、往年は馬で街道を行き来した事から、中馬街道と名付けられた街道沿いに発展しました。

戦後、中央道等が整備され、交通の中心がそちらに移ったところから、現在は秘境感漂う鄙びた村となり、現存する多くの歴史的建造物を見る事が出来ます。

付近を駒場(こまんば)と呼ぶそうで、その案内図のTOPに玉の湯が載っています。

それではガイドさんに導かれ、旧銭湯屋「玉の湯」に到着。

正面のグレーの凹凸のある壁は、モルタルを壁に飛ばして仕上げるドイツ壁と呼ばれる工法で作られたものだそう。往年の和洋折衷の貴重な建造物です。

ガラス窓に浮かぶ男湯、女湯の文字も味わい深いものがあります。

中に入ると表からでは良く見えませんでしたが、内側にはステンドグラスよろしく入口扉のガラス面に赤と緑のセロファンが貼られていました。

元は、玄関を上がったところに番台があったそうですが、今番台は無く、正面右手に男湯暖簾、左手に女湯暖簾が架かっていました。

まずは男湯側から。浴室正面のペンキ絵は何故か和歌山県の和歌浦友ヶ島。

仕切り壁の看板広告もまだまだ色鮮やかで綺麗です。

さて、続いて今度は女湯側へ。コチラの浴室正面は岡山県の下津井海岸。

浴槽は手前の小さいのが掛かり湯で、奥が主浴槽との事。
主浴槽といっても一人でいっぱいになりそうな家庭風呂サイズ。
湯舟に突き出ているのは差し窯だそうで、コチラで男女の浴槽を沸かしていたそう。こんなのが小さな湯舟に入っていたら、湯がボコボコ沸騰しそうなもんだが、往年は湯舟の湯を汲み出して体を洗う為、随時水が足されて入れる状態だったのかも。

コチラは浴槽に浸かりご満悦の今回コチラをアレンジした同行のO氏。

尚、女湯浴室入口には、大正時代の大衆新聞が掲示されていました。
これは一部の壁を剝がした時、内側から出てきたものだそうですが、当時の記事より広告の多さに驚かされます。今ほどメディアが無かった時代の賜物ですね。

さて、玉の湯は浴室以外も見学可能です。

浴室の隣、1Fと2Fは居室となっていたようです。

今はどなたもお住まいになっていませんが、時折訪れる我々のような見学者の為に往時の懐かしい家電やグッズが居室の内外に置かれていました。

1F:ブラウン管TV、レコード、火鉢、黒電話

1F:年代物のステレオとレコード

2F:ピクチャーレコードと人形

2F:ラジカセや雑誌類、人形やぬいぐるみ(正面にモンチッチ!)

「何でも鑑定団」の北原照久氏が見たら、泣いて喜ぶかもw

さて、玉の湯の創業は大正年間に遡り、惜しまれつつも昭和45(1970)年頃閉店されたとの事。ガイドの方が高校生の頃までは実際に入れたそうです。閉店後4~5年建屋が放置されるのはたまに見かけますが、閉店から50年以上も往年の雄姿が現存されているのは実に珍しい事です。阿智村だからこそ残ったのかも知れません。

 

その玉の湯ですが、我々の訪問後、国の登録有形文化財に登録されたそうです。

湯に浸かれる訳ではありませんので、万人におススメは出来ませんが、銭湯や歴史的建造物に造詣のある方は、南信州方面へお立ち寄りの際、是非一度昭和レトロの更に向こう側の世界を覗かれてみてはいかがでしょうか?