湯活のススメ

温泉・銭湯・サウナ・岩盤浴等の温浴施設の楽しみ方

閉店銭湯|友の湯|保谷|想い出の銭湯を求めて|湯活レポート(銭湯編)vol768

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【所在地】東京都保谷市(現「西東京市」)東町4-15-15

Google マップ

【入浴日】1986/4~1994/2(1000回以上)
【閉店日】2003/6/28

友の湯さんの想い出

思い起こせば懐かしい青春時代。
当時、高校を卒業した私は上京し、西武池袋線 保谷駅南口より徒歩5分程の風呂無しアパートに住んでいました。記憶では当時、保谷駅には2軒の銭湯がありました。
一つは南口の友の湯。
北口にも保谷駅のホームから銭湯が見えた気がしましたが、詳細は思い出せません。
当時は風呂無しアパートでしたので、私は友の湯さんに毎日通っていました。
定休日もあり、夏休みの実家帰省等、利用しない日も勿論ありましたが、少なく見積もっても2日に1回は訪問していましたので、保谷在住時に恐らく1,000回以上は通ったと思います。間違いなくこれまでで一番行った銭湯に間違いありません。当初は洗濯機も無く、コインランドリーも週に2~3度の頻度で利用させてもらっていました。

 

友の湯さんで印象的なエピソードを3つ程。

<豪雨の日の悲劇>
豪雨の日の帰宅時にコインランドリーで綺麗に洗って乾かした洗濯物を入れた紙袋が破れて道路にぶちまける悲劇(今となっては懐かしい・・・)があり、春休みにバイトして乾燥機付き洗濯機を購入し、コインランドリーを利用しなくなりました。

<5/5しょうぶ湯>
しょうぶ湯の日、大学が休みなので開店直後に訪問し、髪を洗ってふと顔を上げたところ、見事な墨入りの背中の御仁が二人、三人、四人と周囲を囲み、一斉に沐浴を始めました。しょうぶ湯はその名の通り、「勝負」の日。その道の方も縁起を担いでどうやら一家総出で湯に浸かりに来た様子。今では慣れっこですが、福岡から出て来たばかりの学生時分は大いに肝を冷やしたものです。キョロキョロと辺りを見渡すと一人墨の入っていない普通のサラリーマン風の人も居り、ホッと一安心したところ、見事な墨入りの御仁が数名、サラリーマン風情の人に近寄り「この間はお世話になりました」と頭を下げているのを見て、「こりゃダメだ」と堪忍したものです。
さりとて、そそくさと出ていくのも何だか憚られ、やせ我慢して長湯し、平気な風情を装い、揚々と湯を上がって表へ出たら一目散にアパートまで走って帰ったのも今では笑い話です。

<転居>
築40余年の保谷の風呂無しアパートが取り壊しになるとの事で、転居し、次のアパートにはユニットバスが付いていた為、友の湯さんは疎か、その他の銭湯からもかなりの間遠ざかってしまった事、等々が思い起こされます。

 

時は流れ、やがて家風呂普及につれて銭湯激減時代に突入。浴場組合も様々な施策を打つようになり、私が東京銭湯お遍路を開始したのは2018/12/29。記念すべき1湯目は椎名町の「広の湯」さんでした。(※残念ながらコチラも2019/10/31で閉店)

yukatsu.hatenablog.com

東京銭湯お遍路を続けていると、必然的に蘇ってくるのは、青春時代に通った、あの友の湯さんの記憶。そうだ、再訪しようと思った時は既に遅し。既に10数年以上前に閉店したとの事実を知る事になりました。誠に残念との想いの中、無事、東京銭湯お遍路を完湯。その後、千葉、埼玉、神奈川に続き、茨城、栃木、群馬の銭湯を含め関東銭湯を完湯するに至り、あの日の友の湯さんが何故か鮮明に思い起こされ、そうだ調べてみようとの想いに至りました。とはいえ、当時はSNSどころかスマホも無い時代。往年の話も閉店の記事もWEB上ではほとんど見当たりません。どうやら保谷駅周辺の道路拡幅工事により閉店に至ったとの話のようですが、既に正確な住所も分からず、途方に暮れて、国会図書館で当時の住宅地図を紐解く事を思いつきました。

 

そして、国会図書館へ

思い立ったが吉日。週末を利用し、国立国会図書館(以下「国会図書館」)を訪問。

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国会図書館へは、東京メトロ有楽町線・半蔵門線・南北線の永田町駅2番出口を出て、左手方向へ真っ直ぐ。国会図書館前交差点を渡った先。

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駅から徒歩3分程で重厚なピン立ての表札の一般利用者入口へ到着。
ココからは国会図書館を利用した事が無い方の為に、国会図書館利用方法についてもまとめましたので、既に何度も利用されていらっしゃる方は読み飛ばして下さい。

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敷地内には何故かジョジョの奇妙な冒険に出て来そうなキャラクターの彫像有w

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通常は左手の本館入口から入りますが、初めて利用するには登録が必要で、ひとまず右手の新館で登録手続きを済ませます(※発行には要身分証明書)

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無事、登録証発行。コチラを入退館時、資料請求時、複写請求時、全て使用します。

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現在モーニング入館で9:30-11:00までは予約なしで入館可能ですが、それ以降は人数制限で事前予約が無ければ入館出来ませんので、ご注意ください。

まずは2Fの図書カウンターで友の湯さんがあった当時の1994年の東京銭湯マップを借りて、保谷市の銭湯のページに友の湯さんを発見し、複写カウンターで複写請求。
※国会図書館内は撮影禁止で、資料は複写請求し、紙ベースで頂きます(要コピー代、edy使えます)。

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これによると、友の湯さんは保谷市の銭湯で、当時保谷市には4軒の銭湯があった事が分かりますが、現在は全て閉店されているようです。どうやら北口の方は、練馬区銭湯にも保谷市銭湯にも載っておらず、もしかして組合非加盟銭湯だったのかもと思い至り、ここからは住宅地図で当時の状況を調べてみる事に。

住宅地図等は、4F地図室で閲覧申し込み可能です(※複写は2F複写カウンターへ)
私が上京した当時の昭和62年の地図、閉店前の平成14(2002)年の地図、道路拡幅工事終了後の現在の2021年5月の住宅地図を比較してみる事に。直近1~2年の地図は書架にあるので、借りて閲覧可能。それ以外は国会図書館オンライン端末より閲覧請求して書庫より出してもらう必要があります。

さて、昭和62年の地図で友の湯さんを発見。北口には、、、銭湯らしきものは無し。
※昭和62年版のみ白黒ですが、古い資料程劣化が進む為、特殊な複写機に掛けるらしく、そちらは白黒のみの対応となりますとの事。

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閉店(道路拡幅工事)前の平成14(2002)年版でも同様。
但し、住所は田無市との合併で西東京市に改められています。
北口には、、、やはり銭湯らしきものは見当たらず。

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道路拡幅工事後の現在(202105)の住宅地図では、片側通行だった「かえで通り」が対向式に拡幅され、何やら同住所には「ベント」という建物があるようです。

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ちなみに気になって、昭和57(1982)年版まで遡って調べましたが、やはり北口には銭湯らしきものは見つけられませんでした(※痕跡が無い為、複写はせず)

友の湯さんの住所地が判明した事で安堵した面と、結局北口の銭湯の存在が確認出来なかったもやもやを残しつつ。国会図書館を後に。
出口を出ると、駅へ向かう途中、国会議事堂が大きく見えました。

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その他の調査

ココからは国会図書館にも無い資料を求めて、当時の竣工図や平面図、写真やパンフレットが無いかと許認可関連の各所にお伺いしてみる事に。

 ①西東京市 建築指導課 管理係

西東京市の建築許可や指導の窓口は、市役所の建築指導課。
その中でも資料の保管や閲覧、謄写の窓口は管理係です。
早速お電話で「友の湯」さんの竣工図や平面図等、当時の資料や写真が残っていないか、また残っていたら閲覧可能かお伺いしたところ、丁寧に調べて折り返しの連絡を頂き、保管期間は建物の滅失から15年という事で、友の湯に関しては平成14年閉店との事で、恐らく平成29年頃までは資料が現存したが、今はもうありませんとの事。

 ②東京都多摩小平保健所

西東京市の一般公衆浴場許可等の窓口は多摩小平保健所との事。
架電してみたものの、コロナ禍で繋がらず。
まあ。この時期あまり余計な事で過負荷を掛けてもと思い至りコチラは確認を断念。

 ③東京都公衆浴場組合

問い合わせてみたものの、閉店銭湯については東京銭湯マップの廃業リスト以外に記録無し、また当時のパンフレット等も無いとの事。
また平面図等は、オーナー側でないと持っていないと思いますとのご回答でした。

残念ながら、いずれのアプローチからも新たな有力情報は得られませんでした。
後は、現地に直接足を運んでみるしかなさそうです。。。

 

現在の友の湯さん跡地

さて、住所地も分かったところで、折角ですので元「友の湯」さんの跡地を訪ねてみたました。最寄駅の西武池袋駅 保谷駅は当時跨線橋のあるローカルな駅でしたが、駅舎周辺の再開発が進み、今では当時の面影はほとんどありません。

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まずは保谷駅南口を出て、駅前ロータリーを右手方向へ。
正面の三菱UFJ銀行 保谷支店は当時からあったもので、自分が生まれて初めて口座を作ったのもこちらの支店でした。当時の面影を見つけちょっぴり嬉しい気分に。

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その先、磯丸水産(当時は「パチンコ保谷会館」)の先を左折し、かえで通りへ。

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かえで通りに入ってすぐ、駅から徒歩2分程、友の湯さんのあった東京都保谷市(現「西東京市」)東町4-15-15はこの辺りです。

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パチンコ店の向かい、1Fにヘアーサロンが入っているビルがそうらしいと見当を付け、確認してみるとビル脇に「VENTO」というビル名を発見。住宅地図の友の湯さんの跡地「ベント」と一致。コチラが「ともの湯」さん跡地と判明。

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コチラが現在の友の湯さん跡地の姿です。
1Fにヘアーサロンの入ったマンションに建て替わっていました。

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ちなみに駅徒歩5分程、練馬区南大泉3丁目の当時住んでいたアパートも訪問してみました。当時、駅からの道は両サイド広い畑で解放感がありましたが、戸建てや集合住宅が立ち並び閉塞感のある路地へと変化していました。暫く歩くと片側にブルーベリー畑が広がり、更に進むと視界が開けて広い畑が見えてきました。

私が済んでいたのは、その畑の奥の2F建て10戸の鉄筋アパートでしたが、現在は取り壊され、戸建てへと姿を変えていました。ただ、この辺りの風景は当時の面影をかなり色濃く残しており、当時を思い返す事が出来ました。

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思い返せば、当時は苦学生でしたので、友の湯さんでサウナに入るという事もなく、毎朝顔を洗うように、ただただ淡々と湯に浸かるのみの日々でした。
今、入浴が叶えばまた当時とは違う感慨に浸れたのではないかと思います。

帰りに気になっていた北口の銭湯?辺りも見てみましたが辺りには駐車場が広がるばかりで、それらしき痕跡は無し。当時の見間違いで銭湯に似て非なる建物だったのか、当時既に廃業していて取り壊されたのか、今となっては皆目見当も付きません。

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何はともあれ、風呂無しアパート時代の風呂生活を6年余りにも渡って支えて頂いた「友の湯」さんには、この場をお借りして改めて深謝したいと思います♨♨

※引き続き、保谷駅南口の「友の湯」さん、保谷駅北口銭湯?の情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、以下お問合せ窓口まで、情報をお待ちしております。
<お問合せ窓口>yukatsu.susume@gmail.com

※冒頭の往年の「友の湯」さんの写真は、リンクフリーとの事で、下北沢つかさ氏の「つかさの銭湯・温泉・サウナ王国」HPより拝借させて頂きました。併せてこの場をお借りして深謝。

www.kt.rim.or.jp